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大阪地方裁判所 昭和34年(む)349号 判決

被告人 楠晨夫こと近岡昭政

決  定

(弁護人・被告人氏名略)

右被告人に対する公務執行妨害被告事件につき、大阪地方裁判所裁判官がした保釈取消並びに保釈保証金没取の決定に対し、右申立人から準抗告の申立があつたので次のとおり決定する。

主文

本件準抗告はこれを棄却する。

理由

本件準抗告の理由は

本件被告人は昭和三四年七月三一日保釈許可決定を受けたところ、同年一〇月一四日指定条件違反の理由により保釈取消並びに保釈保証金二〇、〇〇〇円全部没取の決定を受けた。しかしながら、被告人は同年八月一七日別件の確定刑執行のため大阪拘置所に収容されたもので、正当理由なく指定の住所に居なかつたものではないから、右保釈取消並びに保釈保証金没取の決定は不当であり、これが取消を求める。

というのである。

よつて按ずるに、大阪地方裁判所裁判官が、被告人に対する頭書被告事件につき、昭和三四年七月三一日保証金を二〇、〇〇〇円と定め、住居を大阪市浪速区馬淵町二八番地青葉荘に制限して保釈許可決定をし、これに基いて被告人は同日釈放されたこと、次いで同裁判官は同年一〇月一四日右決定の指定条件に違反したとの理由により該保釈を取消し、前記保証金二〇、〇〇〇円全部を没取する旨の決定をしたことは本件並びに本案各記録に徴し明白であり、右取消決定の理由とされている指定条件違反とは住居制限の違反であることは前記保釈許可決定中保釈の任意的条件として住居の制限の他にはなんらの条件も附されていないことに徴し明かである。

そこで右取消決定の当否について考えるに、前顕各記録、検察事務官藤原正己外一名作成の捜査報告書並びに当裁判所の被告人に対する訊問調書を綜合して認め得られる本件の事実関係はおよそ次のとおりである。

本件被告人近岡昭政はかねて未執行の確定刑の前科(懲役一〇月)があつたため、万一、警察などに逮捕された場合は友人楠晨夫の氏名、年令、本籍、前科等その身上関係を詐称することにしていたところ、昭和三四年七月二一日前記事件の現行犯人として逮捕されたので楠晨夫の右身上関係を詐称して同人になりすまし、そのまま同事件により同年七月二二日には大阪地方裁判所裁判官の発する勾留状により勾留され、同月二九日同裁判所に起訴され、次いで同月三一日前記のように保釈となり釈放された。ところが同年八月一四日浪速区霞町新世界のパチンコ屋で遊んでいた際、前記確定刑に基く収監状により収監され、同月一七日右刑の受刑のため近岡昭政の本名で大阪拘置所に入所したが被告人は前記のとおり大阪地方裁判所に係属中の自己の刑事事件がありいずれ近いうちに公判が開かれる予定であることを充分諒知していたにも拘らず、ことさらにこれを秘して拘置所係官に対してなんらの連絡もせず、又、裁判所や担任弁護人に対しても自己の所在につき連絡の手続を全く執らないまま放任し、一方前記制限住居にいた内妻立花あけみも被告人入監後間もなく行方不明となり被告人から差し出した手紙も返つて来た(なお記録によると、後記第一回召喚状が送達された同年八月二五日頃から右送達は不能になつているので当時同女は既に行方不明となつていたと認められる)。かかる状況であつたため被告人に対する前記被告事件の第一回(同年九月一五日)、第二回(同年一〇月一日)各公判期日の召喚状はいずれも送達不能となり、裁判所にとつて被告人の所在は全く不明となつたが、同年一〇月二六日写真判定から大阪拘置所に入所中の被告人が楠晨夫と同一人ではないかと疑を抱いた大阪地方検察庁執行係官の取調により漸く本件被告人の所在が判明するに至つた。

ところで、保釈を許す場合指定条件として、住居を制限するのは、被告人に対しその制限住居に居住すべき義務を負わすことにより、常にその所在を明かならしめて出頭を確保するためになされるものであるから、右義務には制限住居を守り得ない事情の生じた場合には、遅滞なくその旨を裁判所に連絡するため可能なる範囲内において適宜な手続をなすべき義務をも附随的に含んでいるものと解するのが相当である。

本件の場合、前認定のとおり、被告人は右入監当時自己の刑事々件が現に裁判所に係属しいずれ近いうちにはその公判期日が開かれる予定であることを充分諒知しており、しかも、右入監後懲役一〇月の刑に服し、その間制限住居を離れねばならず、又留守居の内妻も行方不明となつて音信不通となつているのであるから、かような場合前段説明のとおり遅滞なく自己の所在につき裁判所に連絡するため適宜の手続をなすべき義務があり且つ容易にこれを為し得たのに拘らず、なんら首肯するに足りる理由もなくこれをせず、放任して顧みなかつたのはとりもなおさず保釈の指定条件たる制限住居の義務に違反したことになり、半面収監氏名と右詐称氏名等が異なることを利用し収監に便乗して逃亡したものとも見られる。

果して然らば原決定はいずれにしても正当であり本件準抗告は理由がないので刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第一項に則り主文のとおり決定する。

(裁判官 吉益清 松村利智 右川亮平)

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